2017年4月22日土曜日

間葉系幹細胞治療は脊髄損傷治療のブラック・スワンとなるか?

1697年にオーストラリアでブラック・スワン(コクチョウ)が発見されるまで,西欧のひとたちはスワン(ハクチョウ)とは白い鳥のことだと信じていました.それ以来,英語ではブラックスワンは「ありえないこと」「起こりえないこと」の比喩とされている.

先日札幌で開催された日本脊椎脊髄病学会において,札幌医大の本望 修先生の講演を聞きました.「間葉系幹細胞を用いた脊髄損傷治療」に関する講演です.局所麻酔で骨盤から採取した間葉系幹細胞を製造設備で培養・増殖し,高濃度の細胞を点滴で体内に投与するという治療法です.

この治療を実際に行った患者さん(治験はすでに終了)のリハビリの様子がビデオで紹介されていました.その回復過程が,にわかには信じられないほど,劇的な回復でした.脊髄損傷受傷後,6週間ほど経過した時点で,手指が少し動き,膝周囲に収縮がみられる程度の運動機能であった患者さんが,間葉系幹細胞を点滴した翌日に肘の屈曲が可能になり,2ヵ月後には独歩が可能になった様子は,脊髄損傷治療に関わる者としては,これまでの常識では考えられないほどのインパクトでした.

本治療法については,脊髄損傷に対する治験(すでに終了)と脳梗塞に関する治験が行われているそうです.(片麻痺,高次脳機能障害や失語など重度の麻痺を有している)脳梗塞の患者さんについても,リハビリの経過をビデオで提示されていましたが,劇的な改善が得られていました.

脊髄損傷,脳梗塞ともに,発症後数日といった急性期であれば,自然軽快するのもわかるのですが,発症から数ヶ月経過した時点で,重度の障害が残存している患者さんが間葉系幹細胞を点滴したあとに劇的に改善していく様子はにわかには信じられませんでした.これが本当であれば,中枢神経損傷に対する治療という概念において,ブラックスワンの出現と表現するのが妥当でしょう.

間葉系幹細胞は,homingとよばれる機能をもつそうです.これは,静脈投与した際に,損傷をうけた部位に細胞が集まり,生着する機能だそうです.さらに,この細胞は,BBB(Blood Brain Barrier)やBlood Spinal cord Barrierを通過することが確認されているそうです.脊髄損傷,脳梗塞にさらされた細胞は,すべてが死んでしまうわけではなく,機能不全におちいっている.その機能不全におちいった細胞の機能を回復させることがこの治療のキモだそうです.

間葉系幹細胞は,脊髄損傷患者の末梢血中にも,わずかに存在するようですが,この治療法においては,骨髄から採取した細胞を,培養・増殖して末梢血中に戻すため高い治療効果が得られるとのこと.

脊椎インストゥルメンテーション治療の開発,ICUにおける全身管理の普及により,30年前にくらべて,脊髄損傷患者さんの救命率(受傷後の呼吸器合併症からの回復)については劇的に改善しています.

ただ,残念なことに,脊髄麻痺の改善度については30年前からほとんど変わっていません.脊髄損傷は受傷時に予後が決まってしまい,脊椎外科医ができることは,強固な内固定で早期のリハビリを開始できる環境をつくることが限界でした.

本治療法は,本邦ではじめて,厚生労働省の再生医療等製品の先駆け審査指定制度の対象品目の指定を受けたそうで,その注目度の高さがうかがえます.

リンク:厚労省「先駆け審査指定制度」の指定について

札幌医大とニプロが提携して,実用化をより迅速に行うための,製造施設の整備,大量生産に適した培養設備を建設しているそうです.

脊髄損傷,脳梗塞治療のパラダイム・シフトが起こる可能性が高く,今後も注目していきたいと思っています.

関連リンク:再生医療治験のおしらせ